風の時代を読む研究会
2025.12.08 風の時代を読む研究会(第5回)
日本が持つ潜在力をどう活かすのか
ー風の時代を読む研究会で学んだことを整理ー
変化の分岐点に立たされている
財団設立から十数年を経過した今、日本経済は予測できない社会環境の変化の中にある。技術経営人財育成の重要性が更に増している。財団は、中小企業の経営者に狙いを定めた経営者育成に取り組んできた。変革の時こそ中小企業が躍進する好機である。風の時代を読む研究会では、変革の嵐に耐えられる企業経営とは何かの知見を整理した。
左から長谷川一英、森下あや子(座長)、小平和一朗、下斗米秀之(第5回)
参加者:森下あや子(座長、日本経済大学大学院教授)、
長谷川一英(E&K Associates代表)、
下斗米秀之(明治大学経済学部専任准教授)、
小平和一朗専務理事、
松井美樹(事務局・理事)
欠席者:西河洋一理事長、
吉池富士夫(芝浦工業大学理事)
日本、人財こそ最大の資源
風の時代を読む研究会の準備会合を2024年4月4日に森下、西河、吉池、小平の4名のメンバーで開催した。その後、4回の研究会を開催し、25年12月8日に開催予定の研究会で終了する。
座長の森下あや子が研究会での成果を概括したので報告する。
風の時代を読む研究会の概括
座長 森下あや子
一、はじめに
西洋占星術によれば『地の時代』が始まったのは産業革命の頃で、地球全体で「産業、労働、経済」を中心とした基盤作りをしてきた。24年11月から『風の時代』が始まった。これまでの資本主義・経済活動の基盤作りの時代から個々の権利や自由を開放する時代へと変わる。
我々は「風の時代の嵐に耐えられる企業経営とは何か」を考えるにあたり、アメリカ、ロシア、EU・イギリスという異なる地域の専門家を招き4つの講演を聴いた。
二、米印関係史に学ぶ人材育成
下斗米秀之 明治大学准教授
アメリカが超大国として台頭した背景には人材の「育成」と「流入」の両面戦略があった。スプートニク・ショックを受け米国は58年に国防教育法を制定し、科学技術・数学・外国語教育を強化。国内人材だけでは不足、国外から移民や留学生を積極的に受け入れることで科学技術の覇権を支えた。
インド工科大学設立にはMITやフォード財団、ロックフェラー財団など欧米諸国が協力した。多くが米国に留学・移住し技術発展に寄与。90年代以降は頭脳循環が進み、インドに帰国後に起業や国内就職する動きが強まった。
米国は危機を人材育成の好機と捉え、産官学が粘り強く協働して成果を上げた。日本はすでに事実上の移民社会で共生と教育投資を拡充し、人材への先行投資と知の越境連携によって新時代の競争力を構築すべきだと述べた。
三、ハリスはなぜトランプに敗れた
萩原伸次郎 横浜国立大学名誉教授
米大統領選でのハリス敗北の最大要因を「経済政策のタイミングの失敗」にあると分析した。バイデン・ハリス政権は「より良い再建法案」によって公共投資を拡大し、政府主導の景気刺激を図ったが、トランプ政権期に回復していた経済に追加支援を行った結果、需要過熱とインフレを招いた。
一方トランプは減税や規制緩和を掲げ、コロナ禍では2兆ドル規模の救済策を迅速に実施し、経済回復を演出した。「Make America Great Once Again」のスローガンは実利を求める国民心理に訴え、ガザ紛争やパレスチナ支援をめぐる民主党内の分裂も逆風となった。
最後に日本への教訓として、国家が経済設計の力を取り戻し、政府の機能を活かした政策を展開しなければ日本は貧乏な国になるのを免れないと警鐘を鳴らした。
四、プーチンとウクライナ和平
下斗米伸夫 法政大学名誉教授
半世紀にわたるロシア研究の経験を基にロシアの政治は、実は宗教が相当絡んでいると述べた。冷戦後のNATO東方拡大が対立を再燃させ90年代以降の米国の過剰介入がプーチン台頭の土壌となったと指摘する。
24年11月のバルダイ会議では、プーチンが西側一極体制の終焉を宣言しBRICS諸国が新しい国際秩序のモデルとして浮上している。トランプ再登場により米露関係改善と停戦・制裁解除の可能性が高まっている。内部には宗教的対立(ロシア正教とカトリック)が存在し、文明衝突が起きている。
西側諸国による経済制裁は逆にロシアの軍需経済を強化しウクライナの疲弊を招いた。アメリカの分断がこの戦争を生んだ。宗教・経済・歴史・国民感情が複雑に絡む長期紛争の行方を注視すべき。
五、EUとイギリスの経済展望
安部悦生 明治大学名誉教授
EU経済の苦境を招く主因として①ウクライナ戦争による戦費とエネルギー危機、②トランプ再登場による関税戦争、③ドイツ経済の失速を挙げた。
ロシア産天然ガスの供給停止はドイツ製造業を直撃し安価なエネルギーに依存した競争力を崩壊させた。EV化の波が自動車産業を揺るがし、「ドイツ一人勝ち」は「一人負け」に転じた。産業構造をハード中心からソフト主導へ転換させたが、日本とドイツは対応が遅れ、ソフトウェア開発やAI技術で米中に後れを取った。
ブレグジットも移民不安が背景で英国社会は分断を深めている。ハードから知とソフトによる価値創造型経済への転換が不可避で、日本もこの流れを学ぶべきだ。
六、おわりに
安定の延長線上にはいられない
世界が「大転換期=風の時代」にある。現代の変動は、①地政学の再編(米中対立・ウクライナ戦争・多極化の進行)、②経済・技術構造の転換(脱炭素・AI・デジタル化への移行)、③人口・社会構造の変化(少子高齢化・移民・格差拡大)、④価値観の転換(成長から共生・持続可能性への移行)の四つの軸で進行している。安定の延長線上にはおらず、変化の分岐点に立たされている。
産業競争力の定義が変わる
米印協力の事例は、国家力の基盤が長期的な人材投資と知の越境的循環にあることを示した。
米国政治の動向は、経済政策のタイミングを誤ることが生活者の不信を招くことを教えている。
ロシア・ウクライナ問題は、地政・宗教・歴史が絡み合う複雑な対立の解決に単純な善悪の枠組みが通用しないことを示唆する。
欧州の構造変化は、エネルギー転換とソフトウェア化が産業競争力の定義を根本から変えつつあることを明らかにした。
視野を広く保ち多様な人材を育む
風は「向き」と「速さ」を刻々と変える。だからこそ羅針盤(長期ビジョン)と帆(人材・技術)と船体(制度・財政)を同時に整備する必要がある。
資源に乏しい日本にとって、人材こそ最大の資源であり、未来を切り開く鍵となる。
今回の講演では、世界の動きを俯瞰しつつ、日本が持つ潜在力をどう活かすかを考える出発点となった。移民や格差などの課題も、脅威ではなく再生の契機と捉える視点が求められる。視野を広く保ち、多様な人材を育むことこそ、風の時代を乗り越える力になる。

