技術経営人財育成セミナー(第29回)「アート思考」の技術

『「アート思考」の技術』

長谷川 一英(はせがわ かずひで)

日時 2023年7月26日(水) 18:30~20:00 (講演60分 討議30分)
場所 一般財団法人アーネスト育成財団事務所内 アクセスへ
参加費 3,000円(終了後の懇親会費用を含む)、Zoom参加者(無料)
定員 会場参加人員 最大16名(定員になり次第締め切ります)、 Zoom参加者50名
申込方法 FAX 03-6276-2424 または Eメールoffice@eufd.orgにて
主催 一般財団法人アーネスト育成財団

講演PDF(案内)(285KB)

アーティストの思考がイノベーションに導いてくれるとの考えに基づき、アーテストとともにイノベーションを起こす方法を「アーティスティック・インターベンション(Artistic Interventions)」とよんでいます。
産業界とアーティストとのコラボレーションを促し、産業界がイノベーションを創出することで、鮮やかな未来社会を築くことができるようになります。イノベーションを起こすには、常識を覆すコンセプトを考え出すことが必要です。
現代アートは、社会に対して常識を覆す新しいコンセプトを芸術として提示しており、世界に大きな影響を与えています。アーティストたちは、興味をもったり違和感を感じたりした社会事象に対し徹底的にリサーチを行い、根本から考えることで思考を飛躍させ、新しいコンセプトを創出しています。
このアーティストの視点・思考を、ビジネスパーソンが学び、「常識を覆すコンセプトを創出する思考の飛躍」、「自発的動機による突破力」、「共感力」を身につけることをアーティスティック・インターベンションと呼びます。

【講師略歴】

長谷川 一英(はせがわ かずひで) 氏

<略歴>

1962年生まれ

東京大学大学薬学系研究科博士課程修了

芝浦工業大学工学マネジメント研究科(MOT)修了

日本と米国の製薬企業に通算28年勤務

株式会社E&K Associates代表

青山学院大学大学院国際マネジメント研究科非常勤講師

(注)詳細は下記URLを参照してください。
 https://eandk-associates.jp/

長谷川 一英(はせがわ かずひで)

『「アート思考」の技術』
  -アーティスティック・インターベンションを学ぶ-

アーティストと同じことをやる
令和5年7月26日、財団にて長谷川一英(注1)氏を迎えて、『「アート思考」の技術』と題するセミナーを開催した。現代アートは社会に対して常識を覆す新しいコンセプトを芸術として提示している。アーティストの世界の見方・考え方、リサーチなど、アーティストが何をやっているか、アート思考を身に付けるにはどうしたらいいかを、事例も含めながら講演していただいた。

長谷川講師

アート思考で必要なことは独自の視座・視点と徹底的なリサーチ。まず現代アートを見て欲しい。
アーティストと対話をして欲しい。そして、最後に自分で作品を作って欲しい。
これをやると「アート思考は身につく」と語る講師の長谷川一英氏。

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講演概要

講演内容詳細 (421KB)

革新的なコンセプトを創出する
アート思考とは、自らの興味関心が起点となり、革新的なコンセプトを創出し、全く新しいものを作るということである。
現代アートのアーティストたちが作品を制作する際にまさにこのやり方をしている。

デザイン思考との違い
デザイン思考とどう違うのかとよく聞かれるが、アート思考は、「私(自らの興味関心)」が起点である。デザイン思考は「あなた(お客様)」が起点であり、お客様の潜在的ニーズを発見して、それを解決しようとする。
経営の場でよく使われる論理的思考は、事実関係、企業の業績、経済状況などを分析して、どうしたらいいかを考える思考である。アート思考は、革新的なコンセプト、未知なるものの創出、イノベーションが得意領域であるが、デザイン思考は一を十や百に拡張するところが得意である。論理的思考は、経営計画、生産計画、効率化を考えるには一番良い。

アート思考で行うイノベーション
アート思考で行うイノベーションとは、クリステンセン(注2)的に言えば、新市場型破壊的イノベーションである。日本企業は実はこのようなイノベーションを以前は結構やっていた。IMD(注3)の世界競争力順位で日本は91年は1位だったが、今は31位という事態である。個人の興味関心から始まる破壊的イノベーションを起こしていかないと、この順位を復活させるのは難しい。

現代アートのアーティスト
ビジネスパーソンこそ、現代アートのアーティストに親和性がある。現代アートは、綺麗な絵を描いているわけではなく、これまでにない革新的なコンセプトがその作品に表現されている。
見ることで、こういうコンセプトがあるのかということに気がつくことができる。だから、ビジネスの人に見て頂きたい。

アーティストの世界の見方考え方
コンセプトがなければ現代アートとは呼ばない。森美術館の「ワールド・クラスルーム・現代アートの国語・算数・理科・社会」で田村友一郎の作品『見えざる手』が展示されている。陶器で有名な愛知県・常滑の街をテーマにした作品である。どこの店にも「プラザ合意で焼き物産業『窯業』は衰退した」の貼り紙があった。普通に焼き物を買いに行ったら気が付かず見逃してしまうが、アーティストはそういうところにも目が行く。プラザ合意とは、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、日本の大蔵大臣が集まってドルの切り下げを決めた会議である。常滑や瀬戸では明治時代からヨーロッパの貴族の人形の焼き物を作って輸出。プラザ合意により、値段が急に高くなり売れなくなり輸出産業が衰退というストーリーを作品にした。プラザ合意で産業がおかしくなったことは忘れ去られているが、この地方の人たちは苦しい思いを覚えている。私達も振り返り、どうしていけばいいのかを問いかけるのが現代アートである。

アーティストのリサーチ
このような作品を作るのに必要なのは独自の視座・視点とリサーチである。プラザ合意で衰退したという貼り紙を発見するのは非常に重要である。そして徹底的なリサーチをして、経済の先生と議論をして、事実を理解して常滑の職人たちとも話をして調べる。常滑だけの話でなく、日本や世界全体の普遍性があるかを探る。アーティストは先人とは異なる作品を作らなければならないから常に新しいことを考えリサーチをする。
現代アートの大御所の杉本博司氏の作品『海景』はご存じだろうか。素直に見れば海の写真で誰にでも撮れる。私が撮ったらほとんど価値がないが、これを買おうとすると何百万円もする。
この写真は、古代人が見ていた風景を現代人も見ることは可能なのだろうかというコンセプトである。それが可能なのは「海」だろうと。コンセプトがあるから価値が上がる。当然のことながら飛行機も船も写ってない。海と空であり、更にすごいのは、雲も波も写っていない。
杉本氏は写真を撮るのが本職なので、光に興味あり分光器を作った。いかに中間色をわかってもらえるか無数の色の部分を作品にした。7色と言われているので多くの色は捨て去られてしまったが、その捨てられた色の間にこそ、世界を実感できる。
科学は複雑な社会の事象を単純化することで理解が進む。太陽光は無数の色からなると言われると訳がわかなくなるが7色と言われたら、ああ7色ねと理解できる。単純化して、捨象し、捨て去っていることは非常に多い。その落ちた世界をすくい取るのがアートである。捨て去られたり、忘れ去ってしまったものを取り上げてアートとして提示することで顧みる。

アート思考を身に付けるワーク
アート思考を身に付けるにはアーティストと同じことをやればよい。興味を持ったものに対してリサーチして本質は何かを考える。これを繰り返すと、ある時、思考が飛躍すると多くのアーティストは言う。すると他の人が思いつかないコンセプトが出てきて、それを作品で表現する。
最初に作品を鑑賞する。作品を観てどういうコンセプトなのかを考え、アーティストはこう考えていたというのと擦り合わせすることで飛躍の度合いを理解することができる。次に、興味をもったことに対してリサーチしてコンセプトを考えて、実際に作品を作る。ビジネスでは作品を作って終わりでは駄目で、事業プランを最後に考えてもらっている。
アーティスティック・インターベンションとは、プロジェクトにアーティストが参加して組織全体を変革することをいう。海外ではよく行われており会社にアーティストがいて相談に乗る。
電気を通す糸を開発したグーグルがリーバイスとコラボレーションしてジャケットを作ったことがある。このプロジェクトに福原さんという日本人アーティストが参加していた。アーティストは今はマイナーな存在で、企業が経済を支えている立場にあるが、お互いがもう少しフラットな関係を持てるようになるといい。

(注1)(株)E&K Associate代表、博士(薬学)

(注2) クレイトン・クリステンセン:著書『イノベーションのジレンマ』で破壊的イノベーションの理論を確立させた研究者

(注3) IMD:国際経営開発研究所(International Institute for Management Development)

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質疑応答(敬称略)

質問(石原秀昭アーキ不動産):非効率なアート思考を取り入れると効率良くできていたものが崩れてしまう気がする。

回答(長谷川):何を目的に効率化しているかによる。多くの会社は効率化すると回転数を上げてしまう。ここで言っているのは、余った時間に考えることをしましょうということである。ガラケーで例えると、ニーズがあれば作り続けていられるが、いつかは、新しいものに変えていかなくてはならない。5日間ずっと一生懸命作り続けると考える暇がない。だから効率化して3日で作れるようにしたなら2日は考えるとする。

質問(小平専務理事):現代アートを見る場合、心構えとしてまずコンセプトを読むのがいいのか。

回答(長谷川):私はコンセプトを最初に見てからどういう作品かを考え、それでもわからないと思ったら作者に聞く。コンセプトはわからなくてもいいから自分でどう感じたのかで全然いいと言うアーティストも多いし、そういう見方の方がいいという考えの人たちも美術界には結構いる。ビジネスの人たちがイノベーションに活用していく場合、コンセプトが大事なので、自分でコンセプトを考え、アーティストはどう考えたのかの擦り合わせをする。

質問(山中理事):どういうアーティストと付き合えばいいか。

回答(長谷川):端的に言えば新しいコンセプトを提示し続けている人に会えばよい。出会ったアーティストによって自分がやる事業が変わるかというとそれは変わらない。ご自身がやっているビジネスのフィールドで何か新しいコンセプトで新製品や新サービスを出したい時に、どういう社会の見方をすればいいかとか、どういう考え方をすれば何か新しいコンセプトが出るかというところを、アーティストがやっていることに目を向けてヒントがあると考える。

質問(瀧川淳エヴィクサー):SF作家の思考はアート思考と関連して考えられるか。

回答(長谷川):SF思考とアート思考の違いは時々聞かれる。SF思考は起点が違う。企業がSF思考で何か未来のことを考えようと思ったとき、SF作家にシナリオを書いてもらう。SF作家は論理的思考で客観的に見て、この会社がやっている事業が未来にどうなっているかを考える。だから、起点は「私」ではなく、今の事実から類推する。論理的思考に近い。起点が違うことと、見る方向が違う。SF思考は未来を見ている。アート思考は未来を見てもいいけれど、過去も見ている。

長谷川講師

「現代アートにはコンセプトがある。作品の価値を価格で判断するのは大変である」と参加者の質問に答える長谷川氏

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