技術経営人財育成セミナー(第27回)変革期のリーダーが学ぶことは何か
『アメリカ経済にとって移民とは何か?』
-経済史、労働経済学の研究成果を学ぶ-
下斗米 秀之(しもとまい ひでゆき)
日時 | 2020年1月8日(水) 18:30~20:10 (講演60分 討議30分他) |
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場所 | 一般財団法人アーネスト育成財団事務所内 アクセスへ |
参加費 | 3,000円(終了後の懇親会費用を含む) |
定員 | 最大18名(定員になり次第締め切ります) |
申込方法 | FAX 03-6276-2424 または Eメールoffice@eufd.orgにて |
主催 | 一般財団法人アーネスト育成財団
講演PDF(案内)(984KB) |
アメリカ資本主義の成立と発展の究明を研究課題とするアメリカ経済史研究にとって、移民は重要なテーマである。国内の農業地域から労働力が供給されたヨーロッパとは異なり、労働市場に参入してきた移民を賃金労働者として活用したことにアメリカの特徴があるからだ。移民の自由な流入は、「移民の国」アメリカを特徴づける経済成長の源泉である。
今日、アメリカのIT情報産業における技能労働者の多くが、インドを中心としたアジア出身であることは周知の事実であるが、これも移民政策の結果である。なぜなら戦後アメリカは、能力基準によって移民を選別する、高度技能移民労働者の優先的な受け入れを推し進めたからだ。
その一方で、近年のトランプ大統領の主張のように、アメリカではしばしば移民制限・排斥の機運が高まり、移民問題が主要な政治課題へと浮上する。本報告では、経済史および労働経済学の研究成果を紹介しながら移民政策の歴史を概観し、アメリカ経済にとって移民とは何かについて考えてみたい。
下斗米 秀之(しもとまい ひでゆき) 氏
<略歴>
2003年 獨協高校卒業
2007年 明治大学 政治経済学部卒業
2009年 明治大学大学院 政治経済学研究科経済学専攻・博士前期課程 修了
2014年 明治大学 政治経済学部 助手
2015年 敬愛大学 経済学部 専任講師
2017年 明治大学大学院 政治経済学研究科経済学専攻・博士後期課程 修了 博士(経済学)
2018年 敬愛大学 経済学部 准教授
2019年 明治大学 政治経済学部 専任講師
下斗米 秀之(しもとまい ひでゆき)
『アメリカ経済にとって移民とは何か?』
-経済史、労働経済学の研究成果を学ぶ-
司会(小平和一朗専務理事):本日は「アメリカ経済にとって移民とは何か?」について下斗米先生からご講演をいただく。下斗米先生は、移民に関してアメリカに特化して研究されている。最近のトランプ政権の動きや、中国企業についても興味がある。いま米中間で経済を含めた対立が起こっている状況での米国の移民政策について伺う。
今、ファーウェイ(HUAWEI)をはじめとして、米国と中国との間でいろいろな対立が起きている。その対立のこれからの動向の背景が、下斗米先生の研究の成果を聞くことで、より分かるのではないかということもあり、今回講演をお願いした。
「アメリカ資本主義の成立と発展の究明を研究課題とするアメリカ経済史研究にとって、移民は
重要なテーマである。国内の農業地域から労働力が供給されたヨーロッパとは異なり、労働市場に
参入してきた移民を賃金労働者として活用したことにアメリカの特徴があるからだ。移民の自由
な流入は、「移民の国」アメリカを特徴づける経済成長の源泉である」と語る下斗米秀之講師。
講演概要
講演内容詳細 (795KB)
移民の国アメリカの光と影
アメリカが世界最大の移民受け入れ大国であることは、歴史的な事実である。自由な移民の流入が経済成長の一つの源泉であることも疑いようがない。
しかし、その一方でトランプの主張に見られるような、移民に対する敵対的、排外的な主張があるのも事実である。この反移民ポピュリズムあるいは、排外主義といったものも同時にある。両極端な特徴を持ち合わせているのが、移民の国アメリカである。
奴隷国家から移民国家へ
最新の研究では、この移民国家アメリカの自画像そのものを再検討する動きがある。アメリカが移民国家として誕生したのは19世紀末で、それは中国人問題への対応からであった。それまでのアメリカは奴隷労働に依存した「奴隷国家」であったのだと。移民国家アメリカとはあくまでも、ヨーロッパからの移民に対して向けられた顔であって、アジア系あるいはアメリカ人になれない外国人に対しての門衛国家としての側面を重視するべきだという議論である(注)。ヨーロッパからの移民は、産業労働者としてアメリカ社会に包摂されてきたものの、中国人移民やその後の日本人移民は帰化不能外国人として「特別扱い」されてきた。
ヨーロッパ移民が経済をリード
このようにアジアからの移民が重要なことは言うまでもないが、経済的な側面から重視すべきは、やはりアメリカの産業社会の基幹労働者層を形成したヨーロッパからの移民である。アメリカがグローバル資本主義経済をリードできたのも彼らの存在があったからこそである。20世紀初頭のアメリカ経済を支えたのが、ヨーロッパからの移民であり、彼らの子孫たちが、ニューディール、そして戦後のアメリカの繁栄を享受することになる。
アメリカの相対的地位が低下
しかし、中国あるいはインドといった国々が表舞台に出てきて、アメリカ一強から多極化というところに向かう中で、アメリカの相対的地位の低下が叫ばれているのも事実である。
アメリカは、グローバル経済をリードしているが、脚光を浴びているのはあくまでもGAFAに代表されるIT情報産業企業だ。
同時に忘れ去られている地域というのがラストベルトである。かつてアメリカの繁栄を築いたオールドコノミーと呼ばれる製造業、鉄鋼業の中心地で、50年代から60年代にかけてのアメリカの繁栄を築いた。しかし今日の産業構造の転換の中で、そうした地域の人々は忘れ去られている。
例えば「ウォール街を占拠せよ」運動や、世界規模での「ポピュリズム」運動の台頭なども格差社会に対する反応だ。IT革命と合わさることで、資本主義はギャンブル化(カジノ資本主義)し、ニューエコノミーの繁栄、そしてオールドエコノミーの停滞という分裂したアメリカが顕著となった。一部の勝ち組と呼ばれるような富を集積したような勝者と、そうではない99%の人達のように、富の集積は経済を不安定なものにさせ、今日の格差社会を到来させた。こうした流れのなかで、スケープゴート化されたのが移民である。アメリカに入って来る移民たちが「われわれアメリカ人の」仕事を奪った、というような議論である。
今日の移民流入の2つの流れ
今日のアメリカへの移民には、大きく分けると、安価な不熟練労働者と、中国・インド系を中心としたアジア系移民の高度人材の二つの流れがある。
(1)安価な不熟練労働者
移民がいなくなったら都市機能は麻痺する。特にメキシコなどヒスパニック系移民が、サービス業や農業といった、アメリカ経済の屋台骨を支えている。
また、アメリカの農業では雇用労働者の50%から70%は正式な書類を持たない非合法な移民だともいわれる。「不法」とされる人々が送還されてしまえば、農産物総販売額は最大15%減少し,アメリカ国内の食料価格は5~6%上昇するといわれる。全てとは言わないが、低賃金、劣悪な労働条件で働く移民がいるからこそ、アメリカ農業は国際競争力を維持しているともいえる。仮に彼らがいなくなったとしたら、それはアメリカの消費者に跳ね返ってくる。
(2)中国・インド系高度人材
中国からやインドを中心としたアジア系移民が、高度人材と呼ばれる人達である。今日のアメリカ経済成長の源泉として登場したのが、科学技術の能力に長けた熟練労働者やITエンジニアである。
アメリカは戦後、移民政策を高度技能移民の積極的な受け入れ政策へと転換した。ここに急増したのがアジアからの移民であった。
アメリカ経済を支えるインド人
注目すべきは、インドからの移民が、現在のアメリカ経済を大きく支えていることだ。インドが独立した際、当時のネルー首相は、輸入代替化政策、国家による産業の育成、高等教育の重視、先進国から様々の技術移転を積極的に実施し、時間をかけてインド経済を成長させた。
戦後インドは高等教育を充実させてITエンジニアを育てていったのであるが、その背景にはアメリカやイギリス、ドイツやソ連からの資金・技術援助があった。さらにアメリカの財団や企業は、インドに大学や研究所を作った。インド経済の成長の背景には、アメリカの産業界も、大きな役割を果たしたという事実も確認しておきたい。
トランプが打ち出した移民政策
トランプが打ち出したのは、こうした政策そのものを転換させようということである。
有名なのは、イスラム系移民を排斥するといったことや、DACAといわれる不法移民の子供である若者を一定期間の滞在権を与えて彼らの成長を見守るという、アメリカに相応しい政策があったのだが、こうしたものも廃止項目に含める等の排他的な政策である。
最たる例が壁を作って移民の流入をストップさせるトランプ・ウオールである。
高技能移民に対しても厳しい姿勢を見せているのも特徴である。企業は経済成長に悪影響が及ぶとの懸念を示している。
注:貴堂嘉之『移民国家アメリカの歴史』岩波新書、2019年
質疑応答
質問(吉池富士夫飯田GHD社長付):アメリカは移民の国で、オールドエコノミーに従事した人も元々は移民である。今は、オールドエコノミーに従事した人にとっては、環境が悪くなってしまったので「移民は帰れ」とJターンのような現象が起きてくるのか。差別をすることにより、あの国は成り立っているのではないか。
回答(下斗米講師):オールドエコノミーに従事した人たちがアメリカの中で待遇が悪くなったから、ヨーロッパに戻るような現象が起きるか、というとそれは考えにくい。移民法の流れを示したように20年代に移民をかなり制限したことがある。この20年代以降、30年代、そして40年代と、アメリカは移民を受け入れてこなかった。再び移民が入るのは戦後のことである。さらに移民の出身国はヨーロッパではなく、アジアになる。
そう考えると、ラストベルトのオールドエコノミーで苦境にあえいでいる人たちは、祖父や父親が移民として入って来た人たちで、彼らはもうアメリカ人である。アメリカ人というアイデンティティが非常に強い。他国で働くという意思や技術もないと考えて良い。
質問(土山真由美岩手大学大学院):今の動向として、高度な技術を持った人が移住をする場合、どこの国を目指しているのか。
回答(下斗米講師):現段階では、高技能の人たちがスキルを活かせるのは、やはりアメリカだと思う。例えば、シリコンバレーに見られるように、大学と研究所、そして企業とが産官学連携で街を作っているし、アメリカのイノべーションの多くはそこから生まれている。アメリカで、というよりはシリコンバレーで、というのが正しいのかもしれない。
とはいえ、近年ではシンガポールや中国など、国策として積極的に留学生を受け入れようとしているところも増えてきている。あるいは、アメリカに留学した高度人材を帰国させようともしている。
今はよくても、いつまでもアメリカ一強でいられるかどうかは分からない。
日本人学生がインド工科大に入ったという話を聞いた。今や必ずしもハーバードやスタンフォードを目指す必要もなく、英語の通じるシンガポールやインドに行くという選択肢もありうる。高度人材の争奪戦はグローバルに展開されているからだ。日本はそうした人材の育成にも確保にも出遅れていると言わざるを得ない。
「アメリカの経済にとって、移民問題とは何かを学ぶことができた」。
熱心に聞き入る、技術経営人財育成セミナーへの参加者。